はじめに|生産性向上を阻む本当の原因は「制度不足」ではない
製造業の経営者にとって、いま最も深刻なテーマのひとつが「人手不足の中で、どう生産性を高めるか」です。採用は厳しく、ベテランの高齢化は進み、若手を育成する時間も十分に取れない。現場では日々の生産計画、納期対応、品質維持、設備トラブル対応に追われ、「改革の必要性は分かっていても、手が回らない」と感じている企業も多いのではないでしょうか。
そうした中で、働き方の柔軟化や評価制度の見直しに関心を持つ経営者は増えています。特に近年は、「時間ではなく成果で評価する働き方」への期待が高まり、裁量労働制のような仕組みに注目が集まる場面もあります。元原稿でも、「社員に裁量を与えれば、生産性は上がる」という考え方が広がっている一方で、実際の現場では理想どおりに機能していないケースがあることが示されています。
しかし、ここで冷静に考えるべきなのは、制度を導入しただけで生産性が上がるわけではないという事実です。厚生労働省は、人手不足への対応と持続的な賃上げを両立するためには、単に労働力を増やすのではなく、労働生産性の着実な上昇が不可欠だと示しています。つまり、経営課題の本質は制度の有無ではなく、「一人ひとりが限られた時間で高い成果を出せる環境をつくれているか」にあります。
そこで本記事では、裁量労働制を廃止した企業が、かえって生産性向上と労働時間削減を実現した事例を手がかりに、製造業の経営者が見直すべき人材マネジメントと労務管理の本質を整理します。制度導入の是非を論じるのではなく、「どうすれば現場が成果を出し続けられるか」という視点から、これからの経営のあり方を考えていきます。
裁量労働制とは何か|制度の目的と現場で起こりやすいズレ
まず、裁量労働制の基本を確認しておきましょう。裁量労働制とは、実際に働いた時間ではなく、あらかじめ定めた時間を働いたものとみなして賃金を支払う制度です。厚生労働省では、専門業務型裁量労働制と企画業務型裁量労働制の2つを案内しており、いずれも本来は、専門性が高い業務や、業務遂行の手段や時間配分を本人に委ねることが適切な業務を想定しています。2024年4月からは制度改正も施行され、本人同意や健康・福祉確保措置の強化など、適正運用の重要性がさらに高まっています。厚生労働省:裁量労働制の概要
この制度の考え方自体は、決して悪いものではありません。仕事の成果と労働時間が必ずしも比例しない業務では、時間で縛るよりも、目的と成果に対して責任を持たせた方が、創造性や効率性が高まる可能性があります。研究開発、設計、企画、システム開発など、製造業の中にも親和性のある業務は存在します。
ただし、問題は制度の理念と運用実態がズレたときです。元原稿では、「裁量があるはずなのに仕事量は会社が決めている」「みなし労働時間を超えて長時間労働になっている」「自由な働き方ではなく、単なる残業代削減になっている」といった現場の問題が指摘されています。これは制度の欠陥というより、裁量が成立する前提条件が整っていないまま導入してしまうことに原因があります。
製造業でも同じです。たとえば、生産技術、品質保証、研究開発、設備保全、購買、設計といった部門では、自律性が必要な場面がある一方で、納期、工程、品質、顧客要求、法規制、現場対応に強く拘束されています。ここで、仕事量や優先順位の整理が不十分なまま「自主的に動いてほしい」と求めると、現場は自由になるどころか、責任だけが重くなります。制度上は裁量があっても、実態としては「仕事の終わりが見えない働き方」になりやすいのです。
制度を廃止したことで生産性が上がった事例が示すもの
裁量労働制の議論で非常に示唆的なのが、塩野義製薬 の事例です。関西テレビの報道によれば、同社は約12年間続けていた営業職や研究職の裁量労働制を5年前に廃止しました。背景には、「働き方が曖昧になり、ただただ長く働いてしまっている」状態が見られたことがあったとされています。そして制度廃止後、会社全体の総労働時間は大きく減少し、生産性向上と長時間労働の抑制を両立できたと報じられています。関西テレビ放送 カンテレNEWS
この事例が経営者に突きつけているのは、「自由度の高い制度を入れれば生産性が上がる」という単純な発想の危うさです。生産性向上とは、長く働くことではありません。限られた時間の中で、より高い成果を出すことです。元原稿でも、制度廃止後に社員が時間を意識して働くようになり、総労働時間が減少したことが重要なポイントとして整理されています。つまり、時間の見えにくさが働き方を曖昧にし、結果として長時間労働を招いていた可能性があるのです。
製造業でも、これとよく似た現象は起こります。現場が忙しいことと、生産性が高いことは同じではありません。設備停止への場当たり対応、属人化した段取り、曖昧な役割分担、過剰な会議、管理帳票の増加、判断待ちの停滞が重なれば、社員は長く働いていても、会社としての付加価値は伸びません。むしろ、忙しさが常態化すると、改善の余白が失われ、教育も止まり、慢性的な生産性低下に陥ります。
だからこそ重要なのは、「時間をかけて頑張る会社」から、「限られた時間の中で成果を最大化する会社」へ発想を切り替えることです。制度の導入や廃止は手段にすぎません。経営者が本当に問うべきなのは、現場が成果を出すための条件整備ができているかどうかです。
製造業の生産性向上を左右するのは「人を活かす仕組み」
製造業の人材マネジメントで見落とされがちなのは、生産性の差は設備や個人能力の差だけで決まるわけではない、ということです。経済産業省のものづくり白書では、製造業の多くの事業所が人材育成に課題を抱えており、「指導する人材が不足している」「人材育成を行う時間がない」「育成しても辞めてしまう」といった悩みが上位に挙がっています。これは、多くの企業が“人を育てたい”とは思っていても、そのための仕組みづくりまで十分にできていないことを示しています。経済産業省 (METI)
さらに同白書では、生産性が高い企業ほど、「社員同士で教え合うことが多くなった」「チームワークが良くなった」「一人ひとりの作業スピードが上がった」といった成果を挙げる割合が高いことも示されています。ここで注目すべきなのは、成果を出している企業は、単に優秀な個人に依存しているのではなく、教え合える組織、改善提案が出る文化、支え合う現場運営を持っているという点です。経済産業省 (METI)
製造業では、設備投資やDXが生産性向上の切り札として語られることが少なくありません。もちろん、それ自体は重要です。しかし、どれだけ良い設備やシステムを入れても、使いこなす人材が育っていなければ成果は限定的です。現場で学びが共有されず、改善提案が出ず、判断基準が曖昧なままでは、投資の効果は最大化されません。逆に言えば、人が育ち、現場で教え合い、管理職が支援し、改善が回る組織であれば、同じ設備環境でも生産性は大きく変わります。
つまり、製造業における生産性向上の本質は、「人を増やすこと」でも「制度を変えること」でもなく、人が力を発揮できる仕組みを整えることにあります。元原稿でも、「どの制度を導入するか」ではなく、「社員やスタッフが成果を出せる環境をどう作るか」が重要だと述べられていますが、これは製造業の経営にそのまま当てはまる視点です。
製造業の経営者が見直すべき人材マネジメントの3つの要点
では、具体的に何から見直せばよいのでしょうか。第一に必要なのは、仕事の目的と成果基準を明確にすることです。製造業では、売上や利益だけでなく、不良率、歩留まり、段取り時間、停止時間、納期遵守率、改善件数、教育進捗など、部門ごとに見るべき成果が異なります。これが曖昧なままでは、現場は「何を優先すべきか」を判断しにくく、結果として時間をかけることでしか対応できなくなります。元原稿でも、生産性が高い企業は「何時間働くか」ではなく「何を達成すれば成功なのか」を明確にしていると整理されています。
第二に重要なのは、管理職を“監督者”ではなく“支援者”として機能させることです。裁量とは放置ではありません。社員が適切に判断できるように、方向性を示し、優先順位を整理し、問題解決を支援することが管理職の役割です。製造業では特に、主任、班長、工場長、部門長のマネジメントの質が、現場の生産性や定着率を大きく左右します。現場任せにするのではなく、現場が自律的に成果を出せるように支えることが必要です。
第三に欠かせないのが、働き方を定期的に見直すことです。事業環境、受注構造、人員構成、設備状況、技術難易度は常に変化します。5年前に機能していた制度や運用が、今も最適とは限りません。元原稿でも、「一度作った制度が5年後も最適とは限らない」とされており、制度を守ることより、目的を達成することが大切だとまとめられています。現場で長時間労働が常態化していないか、教育が止まっていないか、役割分担が属人化していないかを、定期的に点検する視点が必要です。
人手不足時代の製造業経営で求められる発想転換
厚生労働省は、人手不足への対応として、省力化や効率化に加え、人材育成、リスキリング、多様な人材が働き続けられる環境整備の重要性を示しています。また、労働生産性が十分に上がらないまま人員だけを増やしても、賃金の下押し要因になり得ると指摘しています。これは、採用だけで課題を解決しようとする経営の限界を示すメッセージでもあります。厚生労働省
製造業の経営者に必要なのは、「足りない人数をどう埋めるか」だけでなく、「今いる人がより高い成果を出せる環境をどう整えるか」という発想です。教育が回る現場、改善提案が出る風土、役割が明確な組織、管理職が支える体制、時間意識を持った運営。こうした土台が整ってこそ、採用も定着も、生産性向上も実現しやすくなります。
まとめ|これからの製造業経営は“制度導入”より“環境設計”で決まる
裁量労働制は、正しく運用されれば柔軟な働き方を実現できる制度です。しかし、裁量が成立する条件が整わないまま導入すれば、長時間労働や現場の不満につながる可能性があります。制度そのものを善悪で判断するのではなく、その制度が現場で機能するための環境があるかどうかを見極めることが、経営者には求められます。厚生労働省:裁量労働制の概要
製造業の生産性向上に本当に必要なのは、「自由に働かせること」ではありません。成果を出せる環境を整えることです。仕事の目的を明確にし、時間意識を持たせ、管理職が支え、教え合える文化をつくり、定期的に働き方を見直す。その積み重ねこそが、人手不足時代に競争力を高める最も確実な方法です。経済産業省 (METI) 厚生労働省
株式会社オアシスは、こうした視点から、制度論にとどまらない経営改善と人材マネジメントの再設計を支援しています。もし、貴社でも「現場が忙しいのに利益につながらない」「人が育たず、管理職に負荷が集中している」「制度を変えても現場が変わらない」といった課題を感じているなら、まず見直すべきは制度ではなく、現場が成果を出せる環境そのものかもしれません。