2028年に向けて、ストレスチェック制度は大きな転換点を迎えています。これまでストレスチェックは、常時50人以上の労働者を使用する事業場に実施義務があり、50人未満の事業場では当分の間、努力義務とされてきました。しかし、改正された労働安全衛生法の考え方では、この対象をすべての事業場へ拡大する方向が明確に示されています。施行日は公布後3年以内に政令で定めるとされており、小規模事業場にも対応準備が求められます。 厚生労働省
とくに製造業の経営者にとって重要なのは、この制度変更を「また一つ増える法対応」とだけ捉えないことです。工場や製造現場では、人手不足、納期対応、交替勤務、属人的な現場管理、教育負荷の偏りなど、ストレスの蓄積につながりやすい要因が複数存在します。メンタル不調が表面化したときには、本人の休職や退職にとどまらず、品質低下、ライン停止、管理者の負担増加、採用コストの上昇にまで波及することがあります。
2028年、ストレスチェック制度はどう変わるのか
現在、厚生労働省は、ストレスチェック制度について、労働者が自らのストレス状態に気づき、事業者が職場環境の改善につなげることで、メンタルヘルス不調を未然に防ぐことを主な目的と位置づけています。つまり、この制度は不調者を探し出すためだけのものではなく、不調が起きにくい職場をつくるための仕組みです。
さらに、2025年5月公布の改正法では、従来は努力義務であった50人未満の事業場についても、ストレスチェックの実施を義務とする方針が明記されました。あわせて、50人未満の事業場向けには、プライバシーに配慮した実施方法のマニュアル整備や、地域産業保健センターの体制拡充などの支援策も示されています。
その後、厚生労働省は、小規模事業場向けのストレスチェック制度実施マニュアルも公表しており、今後は「大企業だけの制度」ではなく、中小企業を含むあらゆる職場で実務対応が求められる段階に入っています。
なぜ製造業でストレスチェック対応が重要なのか
製造業でメンタルヘルス対策が重要になる背景には、社会全体で精神障害に関する労災請求・支給決定件数が増加していることがあります。厚生労働省の令和6年度「過労死等の労災補償状況」では、精神障害に関する労災請求件数は3,780件、支給決定件数は1,056件となっており、いずれも前年度より増加しています。
製造業では、こうした問題が現場で見えにくい形で進行しやすいのが特徴です。たとえば、慢性的な人員不足で一部の社員に負担が集中する、繁忙期の残業が常態化する、現場責任者ごとにマネジメントの質が異なる、ベテラン社員に新人教育や段取り業務が偏る、といった状況は珍しくありません。しかも、工場では「忙しいのは当たり前」「弱音を吐きにくい」という空気が残りやすく、本人が限界まで我慢してしまうこともあります。
だからこそ製造業では、問題が起きてから個別対応するのではなく、早い段階でストレスの兆候や職場の偏りを把握できる仕組みを持つことが重要です。ストレスチェックは、その入口として有効です。
製造業の経営者が押さえるべき3つの経営リスク
1. 退職・休職が現場全体に連鎖しやすい
製造業では、1人の離脱が与える影響が大きくなりがちです。特定工程を理解している担当者、段取り替えに慣れたベテラン、品質を支える検査担当者が抜けると、単純な人数減以上のダメージが出ます。採用してもすぐに戦力化できない業種だからこそ、メンタル不調による休職や退職は経営リスクそのものです。
2. 不調が表面化しにくい
製造現場では、営業や管理部門ほど丁寧な日常対話の機会を取りづらく、管理者も生産対応に追われがちです。そのため、口数の減少、報連相の遅れ、ミスの増加、遅刻の増加といった変化があっても、忙しさの中に埋もれてしまいます。不調が発覚したときには、すでに休職目前というケースも少なくありません。
3. 職場環境の課題が放置されやすい
あるラインだけ残業が多い、特定の管理者の下で離職が続く、新人教育の負担が一部社員に偏る、といった問題があっても、数値で可視化していなければ「たまたま」で済まされがちです。ストレスチェックを適切に活用すれば、こうした曖昧な違和感を組織課題として捉え直すことができます。
中小製造業が今から進めるべき4つの準備
まず進めたいのは、対象者と実施方法の整理です。正社員だけでなく、契約社員、パート、工場事務、現場支援スタッフなど、どこまでを対象にするのかを明確にし、年1回の実施をどの時期に行うかを決めておく必要があります。紙で行うのか、Webで行うのか、外部サービスを利用するのかによって、実務負担は大きく変わります。
次に重要なのが、実施後の流れの設計です。ストレスチェックは実施して終わりではありません。高ストレス者への案内、本人から申出があった場合の医師面接、必要に応じた就業上の配慮、集団分析を踏まえた職場改善まで見据えて運用する必要があります。制度を回すうえでは、現場責任者、人事労務、経営層の役割分担をあらかじめ決めておくことが効果的です。
さらに、管理職教育の見直しも欠かせません。製造業では、現場を回せる人がそのまま良いマネジャーとは限りません。感情的な指示、相談の放置、威圧的なコミュニケーション、評価の不透明さは、従業員のストレスを高める要因になります。制度対応と並行して、管理職の声かけ、面談、ハラスメント防止、初期対応の教育を進めることが、離職防止に直結します。
最後に、職場改善に結びつける視点を持つことです。どの部署で負荷感が強いのか、どの時期に不調が出やすいのか、どの管理単位でスコアが悪化しているのかを見れば、人員配置、教育体制、残業管理、コミュニケーション設計の見直しにつなげられます。ストレスチェックを健康管理だけで終わらせず、現場改善の材料として使えるかどうかで、制度の価値は大きく変わります。
ストレスチェックを“法対応”で終わらせてはいけない理由
中小製造業にとって本当に怖いのは、制度導入の手間ではありません。怖いのは、職場の疲弊に気づかないまま、採用しても定着せず、ベテランに負荷が集まり、現場の再現性が落ちていくことです。人手不足が続く時代には、「辞めにくい会社」であることそのものが競争力になります。
従業員が会社を選ぶ基準は、賃金や勤務時間だけではありません。安心して相談できるか、無理を抱え込まずに働けるか、管理者が現場をきちんと見ているかといった要素は、定着率や採用力に大きく影響します。ストレスチェック義務化への対応は、受け身の法対応として進めるより、働き続けられる現場づくりの起点として活用するほうが、経営上のメリットははるかに大きいといえます。
製造業のストレスチェック義務化に関するよくある質問
Q)50人未満の製造業でも必ず対応が必要になりますか
はい。改正法の考え方では、従来努力義務だった50人未満の事業場も義務化の対象に拡大されます。施行日は公布後3年以内に政令で定める日とされており、今のうちから準備を始めるのが現実的です。
Q)中小工場でも自社だけで対応しなければなりませんか
いいえ。厚生労働省は、小規模事業場向けマニュアルの整備や、医師面接の受け皿となる地域産業保健センターの体制拡充などの支援策を示しています。すべてを自社内で抱え込む前提ではなく、外部支援の活用も含めて体制を考えることができます。
Q)製造業で特に見ておくべきポイントは何ですか
残業の偏り、特定部署の負荷集中、管理者ごとのコミュニケーション差、新人教育の集中、交替勤務者の疲労蓄積などです。単に検査を実施するだけでなく、現場別の傾向を読み取り、改善につなげる視点が重要です。
まとめ
2028年に向けたストレスチェック義務化の流れは、製造業の経営者にとって後回しにできないテーマです。特に中小製造業では、人手不足と現場負荷の高まりが同時進行しやすく、メンタルヘルス対策は離職防止と現場安定の両面で重要性を増しています。 厚生労働省
今必要なのは、制度に追われて形式的に整えることではなく、従業員が無理を抱え込みにくい職場をどうつくるかという視点です。ストレスチェックを、法改正への受け身の対応ではなく、現場改善と人材定着の仕組みづくりに活かしていくことが、これからの製造業経営には欠かせません。