近年、夏場の高温環境は「一時的な暑さ」ではなく、製造業の経営に直結するリスクとして捉える必要が高まっています。とくに工場や製造現場では、外気温の上昇に加え、設備からの放熱、空気のこもり、通気の悪い工程、防護具や作業着の影響などが重なり、実際の熱ストレスは想像以上に高くなりがちです。

しかも現在は、熱中症対策を「現場の努力」や「本人の自己管理」に任せる時代ではありません。2025年6月1日施行の改正により、一定の高温環境下で行われる作業については、事業者に対して報告体制の整備、対応手順の作成、関係者への周知が義務付けられています。

製造業の経営者にとって熱中症対策は、単なる福利厚生ではなく、安全配慮・生産性維持・人材定着・説明責任に関わる経営課題です。本記事では、WBGTの基本から、工場で押さえるべき熱中症対策、そして経営者が見直すべき実務ポイントまで、わかりやすく解説します。


この記事でわかること

  • WBGTとは何か
  • 製造業で熱中症リスクが高まりやすい理由
  • 2025年6月施行の熱中症対策強化のポイント
  • 工場で今すぐ見直すべき安全管理の実務
  • 経営者が押さえるべき熱中症対策の優先順位

なぜ今、製造業で熱中症対策が重要なのか

厚生労働省の公表資料によると、2024年の職場における熱中症による死傷者数は1,257人で、統計開始以降最多となりました。業種別では製造業が235人で最多、死亡者数でも製造業は5人となっており、建設業と並んで重点的な対策が必要な業種といえます。

また、死傷災害の約8割が7月・8月に集中しており、さらに50歳以上が死傷者全体の約56%、死亡者の約67%を占めています。製造業では、経験豊富なベテラン層が現場の中核を担っているケースも多いため、年齢構成を踏まえた対策が経営上ますます重要になります。

経営の観点から見ると、熱中症は単に一人の体調不良にとどまりません。休業、ライン停止、品質低下、応援配置の混乱、採用難の深刻化、労災対応、取引先からの信頼低下など、波及する影響は決して小さくありません。だからこそ、熱中症対策は「夏の注意喚起」ではなく、工場運営の基盤整備として扱う必要があります。


WBGTとは?気温だけではわからない危険度を測る指標

WBGTとは、**Wet Bulb Globe Temperature(湿球黒球温度)**の略で、日本語では「暑さ指数」と呼ばれます。これは、熱中症の発生リスクを客観的に評価するための指標であり、単なる気温だけでなく、湿度、風速、輻射熱(放射熱)、身体作業強度、作業服の特性まで含めて判断する点に特徴があります。

たとえば工場では、同じ室温表示であっても、炉・乾燥機・ボイラー・コンプレッサー周辺、屋根直下、通気が悪い区画、保護具着用が必要な工程などでは、作業者にかかる熱負荷が大きく異なります。そのため、エアコンの設定温度や温度計の数値だけを見ていても、実際の危険度を見誤る可能性があります。

厚生労働省は、作業場所の熱中症リスクを把握するうえで、WBGTの活用を有用としています。製造業の経営者にとって重要なのは、「暑いかどうか」ではなく、「その作業条件で熱中症リスクが高いかどうか」を把握することです。


2025年6月施行の熱中症対策強化で何が変わったのか

2025年6月1日に施行された改正では、WBGT28度以上または気温31度以上の作業場で、継続して1時間以上または1日4時間を超えて行われることが見込まれる作業について、事業者に一定の措置が義務付けられました。

義務の柱は大きく3つです。

1. 報告体制の整備

熱中症の自覚症状がある作業者、または熱中症のおそれがある者を見つけた人が、すぐに報告できる連絡体制や担当者を事業場ごとに定め、周知しておく必要があります。

2. 対応手順の作成

作業からの離脱、身体の冷却、医師の診察や処置、緊急連絡網、搬送先情報など、重篤化防止のための実施手順を事前に整備しておくことが求められます。

3. 関係者への周知

手順や体制は作るだけでは足りません。現場の管理監督者、リーダー、作業者、協力会社など、関係者が理解し、使える状態であることが必要です。

つまり、これからの熱中症対策は「ポスターを貼る」「水を置く」だけでは不十分で、現場で機能する運用設計まで含めて問われるようになったということです。


経営者が押さえるべきポイントは「設備」より「仕組み」

熱中症対策というと、スポットクーラー、空調服、製氷機、経口補水液といった設備・備品に意識が向きやすいものです。もちろんそれらは重要ですが、実際の災害事例を見ると、問題の本質は「持っているかどうか」よりも「使われる仕組みがあるかどうか」にあります。

厚生労働省の2024年確定値では、死亡災害31件のうち、24件でWBGTの把握が確認できず20件で発症時・緊急時の措置の確認や周知が不十分14件で労働衛生教育の実施が確認できなかったとされています。

この数字が示しているのは、熱中症対策の成否を分けるのは「設備の有無」だけではなく、測る・知らせる・止める・休ませる・搬送するという一連の仕組みである、ということです。経営者が見るべきなのは、現場に何が置いてあるかだけでなく、誰が判断し、どのタイミングで、どのように動くのかが定義されているかどうかです。


製造業の現場で熱中症リスクが高まりやすい場面

製造業では、屋外作業だけでなく屋内でも熱中症リスクが高まります。とくに次のような場面は、経営者として重点管理が必要です。

  • 炉・加熱設備・乾燥機周辺の作業
  • 金属加工や鋳造など高温工程
  • タンク・槽内・囲われた区画での作業
  • 通気の悪い場所での保全・清掃・点検
  • 防護服・保護具・長袖作業着の着用が必要な工程
  • 夜勤明けや残業帯など疲労が蓄積しやすい時間帯
  • 高年齢者、持病のある従業員、暑熱順化できていない新任者の配置

厚生労働省の事例集でも、ハイリスク箇所を特定して注意喚起すること、WBGTが高い場合に作業時間や人員配置を見直すこと、単独作業を避けることなどが、導入しやすい対策として紹介されています。


工場で今すぐ見直したい熱中症対策5つ

1. WBGTを「測るだけ」で終わらせない

WBGTの把握では、JIS適合の測定器を使用し、必要に応じて持ち運び可能な機器で複数地点を測ることが重要です。とくに輻射熱の影響がある場所では、黒球の付いた測定器が求められます。

ただし、重要なのは計測そのものよりも、その結果を現場運用につなげることです。数値が一定基準を超えたら、休憩延長、作業短縮、作業内容変更、人員追加などの判断が即時に行える状態にしておく必要があります。

2. 作業中断の判断権限を明確にする

現場では「もう少しだけ続けたい」「納期があるから止めにくい」といった心理が働きます。そのため、係長・班長・職長など、誰が止める判断をするのかを明確にし、数値基準や症状に応じて迷わず止められる運用にすることが重要です。

3. 水分・塩分補給をルール化する

「自由に飲んでいい」では実際には不足しがちです。厚生労働省の事例では、1時間に2回程度、1回250mL以上の水分・塩分補給を指導している例や、摂取記録を取っている例が紹介されています。

経営者としては、休憩所や給水ポイントの配置、補給タイミング、責任者の声かけ方法まで設計し、「個人任せにしない」ことが大切です。

4. 朝礼と作業前確認を形式化しない

熱中症は、本人が不調を過小評価していることがあります。事例集では、「大丈夫ですか」という聞き方ではなく、「朝食は食べたか」「昨夜は何時に寝たか」といった対話型の確認が有効と紹介されています。

これは製造業でも極めて有効です。表面的な点呼ではなく、顔色、反応、発汗、食欲、睡眠、前日の疲労などを含めた確認に変えるだけでも、異変の早期発見につながります。

5. 高年齢者・持病保有者・新任者への配慮を強化する

2024年の死亡災害では、50歳以上の割合が高く、また糖尿病や高血圧症など熱中症に影響を及ぼす疾病等を有する事例も多く確認されています。

したがって、健康診断結果や就業上の配慮情報を踏まえ、配置・作業内容・単独作業の可否・休憩頻度を見直すことが重要です。特定の人に無理が集中する運用は、経営リスクを高めます。


製造業の経営者が見直すべき実務チェックリスト

以下は、経営者・工場長・製造部門責任者が最低限確認しておきたいポイントです。

  • 工場内の高温工程・ハイリスク箇所を特定できているか
  • WBGTを実測し、記録し、判断に使えているか
  • 基準超過時の対応ルールが明文化されているか
  • 誰が作業中断・退避を判断するか決まっているか
  • 水分・塩分補給と休憩が仕組み化されているか
  • 新人・高年齢者・持病保有者への配慮があるか
  • 単独作業や密閉空間作業の見直しができているか
  • 発症時の連絡先、搬送先、初動対応が周知されているか
  • 協力会社・請負先も含めてルール共有できているか
  • 現場教育が「実施した記録」まで残っているか

このチェックリストで曖昧な点がある場合は、制度対応だけでなく、現場運用にも見直し余地があると考えるべきです。


熱中症対策はコストではなく、工場経営の安定化策

製造業では、人手不足が続くなかで、一人の離脱が現場全体へ与える影響が大きくなっています。とくに技能者やベテラン社員の休業は、生産計画や品質維持にも直結します。だからこそ、熱中症対策は「費用負担」ではなく、人材確保・定着・稼働率維持のための投資として捉えるべきです。

また、安全管理が行き届いている工場は、採用や定着の面でも強みになります。求職者や従業員は、給与だけでなく「安心して働けるか」を強く見ています。熱中症対策の整備は、現場の信頼感を高めるうえでも大きな意味があります。


まとめ|WBGTを理解することが、製造業の安全管理の第一歩

WBGTとは、気温だけでは見えない熱中症リスクを把握するための重要な指標です。製造業では、設備熱、輻射熱、作業強度、作業服などが重なり、一般的な気温以上に危険が高まるため、WBGTを活用した管理が欠かせません。

さらに、2025年6月施行の制度強化により、一定条件下の作業については、報告体制の整備、対応手順の作成、周知が事業者の義務となりました。今後は、「注意喚起していた」だけではなく、現場で実際に機能する仕組みを整えていたかが問われます。

製造業の経営者に求められるのは、熱中症対策を現場任せにせず、工場運営全体の課題として捉えることです。WBGTの把握、休憩と補給の仕組み化、判断権限の明確化、教育、健康管理、緊急対応までを一体で見直すことが、結果として人材を守り、工場を守り、会社を守ることにつながります。


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